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景観は文化である。
設景思想の理屈遊び
 私の設景は,視覚に偏りすぎず自然の営み、特に季節と共に循環する環境を確認し、生き物にとって健康的な環境・景として創造することにあると考えている。
そのためには『天気』を正しく受信することが大原則である。
 正しく天気を受信するのは人間の五感を総動員しなければ出来ない。
宇宙感を五行の「気」に託し、人々にこの「気」を受信し享受する装置として五感触を空間解釈のツールとして採用する。
 たとえば、季節の移ろいを受信する装置デザインとして花潅木をテーマにして、花言葉などのイメージから空間野の呼称を考える。住宅であるならば花と居住者、自然の移ろいと居住者、花は人生の応援花、居住者の心のよりどころ、無常観に根ざした空無の日本美の捉え方・考え方を基本に展開する。

景観は文化そのものである(チャールス皇太子)。建築家だけが建築を論ずる資格があるわけではない。
文化としての景観創出に建築家の仕事は影響が大きい、歴史とは何かを考えながら伝統を重んじ、現代の姿を投影して新しい文化を創造する。極論すれば伝統しきたりを頑固に守り通すことができる人々によってはじめて可能となる側面を持つ。文化につながる仕事をしたいね、と国土政策研究会の佐々木氏と酒を飲みながら
風景とは視線の記憶の重なりである。
(2006年2月)
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by harutokobayashi | 2006-04-30 13:39 | 設景の思想
ベルゲン作庭日記
ベルゲン作庭日記
2006年2月25日
新宿発8時3分の成田エクスプレスにて成田へ、9時30分成田着、今回は宮田好道君、藤浦晃君と合流して出国
SK984便12時30分発にてコペンハーゲンへ、約11時間(現地時間16時15分到着) コペンハーゲン空港で4時間ウイスキーを飲みながら雑談、
20時40分SK2874にてベルゲンへ、離陸を待たずに爆睡、22:00時、無事ベルゲン着、日本時間26日・日曜日の朝6時、調布を出てちょうど24時間の旅、
空港にはOLAV, AGE、BRYNIVLVの各氏が迎えに来てくれていた。
今年は雪が少ないとの話であった。シャワーを浴びてすぐ熟睡、日本から西に移動するのはカナダ、アメリカに行くより時差調整が楽な気がする。
2006年2月26日
朝6時に目が覚めた。外は昨夜の雪できれいに化粧されていた。日曜日ということもありすぐ現場に行きたいという無理も言えず、ゆっくりした朝食をとり、部屋で旅づかれを癒し午後から現場に出た。現場にはたくさんの庭石が積まれ雪に覆われていた。
基本的に庭石は現地で準備していただいたものを使用することとしていたが、枯山水に利用不向きな丸石も多くこれをどのように料理するか身が引きしまる思い。
この庭園はベルゲンの気象が苔の生育に適しているため苔庭として考えているので、丸石など苔に覆われることを考えて配置しようと思う。
 夕食はベルゲン大学教授(植物園長)ヨルゲンセン先生の自宅でご馳走になる。
2006年2月27日
8時半ホテル発、8時45分より作業開始、とにかく今日は庭園の心臓部ともいえる枯山水の石組み骨格を完成させること、その前にボードウオークの手すりの打ち合わせ、あと直ちに石組みの作業に入る、平均2トン以上の庭石(最大15トン)を枯山水に組み込む、進歩したかっこ良いクレーン車(日本でこのようなデザインのクレーンは見たことがない)の力をフルに活用しての石組みであった。
かつて藤浦晃君と二人、人力に頼ったインドネシア・チブブールの場合と随分違う。
昨夜から降り始めた小雪が10時~11時と時間の経過と共に猛吹雪となった。
この様な雪は今年初めてという。我々を歓迎してくれたのか?
借用した防寒服はさすが地元のもの、ぜんぜん寒さを感じないが、手袋は作業感覚を維持するために現地の人の助言も聞かず少し薄めの防水手袋にしたことがたたって手が麻痺しそう。体を動かして体を温める以外ないと考え、雪中の石組みに精を出す。
国営TV、各種のマスコミが雪の中でも取材が多く、インタビューに答えながらの作業。
日本庭園に代表される日本文化への関心の高さを感じる。
 岩山の国ノルウエーの人はさすが石の扱いは慣れている。想像していた以上だ。
昼食を抜いて午後5時半まで作業、途中現地の人は今のシーズンは3時ごろまでしか外業はしないようにしていると聞いたが付き合ってくれた。ホテルに帰る途中スーパーで果物、飲み物など購入してホテルに戻る。
ホテルで自分たちの姿がTVニュースで放映されているのを見ながら三人で飲み交わすビールはうまかった。
2006年2月28日
今日は天気もよさそうだ、昨日の石組みの見直し、思想付け、物語性など考えながらこれから現場だ。
8時にホテル出発、地元の施工会社の社長はすでに作業に入っていた。直ちに昨日の石組み修正に入る。途中日本から送った春日灯篭の据付、日本からの梱包がオーバーな梱包のために灯篭の取り出しに時間がかかってしまった。
灯篭もやはり収まるべきところに設置すると、周囲の雰囲気が日本の空間に様変わり、空間演出の妙を感ずる、石組も同じ、皆一生懸命、昼休みも惜しんで作業に熱中、最後に15トンという巨石(幅さ4M、幅2M、高さ2m弱)を庭園メインの入り口右側に設置、このような巨大な石を取り扱うことは今後無いのではと思う。
ノルウエーと日本の友好のシンボルとして将来この巨石も意味を持つだろう。
2006年3月1日
 8時より現場、藤浦、宮田両君に建仁寺垣の設置を任せ、僕は石組みと、雪見灯篭、岬灯篭の仮設置作業を行う。昼食抜き現場でがんばるつもりであったが、関係者の要望で日本庭園についてのレクチャーをするために管理センターへ、パワーポイントを使用して日本庭園の実例と、ベルゲンでの目標の確認をする。
ベルゲンはメキシコ湾流の影響で気候も思ったより寒くない。信州に近い感じ、異なることは湿度が高くコケがよく繁茂できることである。
準備されていた庭石は丸石などが多く、この現地の石の個性をどのように組み合わせるかが成否を決めることになるだろう。
 夜はブルニエフさんの家に招かれて夕食、ベルゲンの町を見下ろす山の中腹にあり景色は中々のものである。

2006年4月4日
 今回はKL862便、成田11時30分発にてアムステルダム経由、ベルゲンへの一人旅、アムステルダム16時20分着、賞味10時間37分(今回の場合)のフライト、ベルゲンへは、KL1193便アムステルダム発20時55分、それまでの待ち時間をスキポール空港のホテルでシャワーを取り仮眠、ベルゲンへは22時35分着、空港にはオラブ氏、オーゲ氏、ブラにエフ氏の3人が出迎えにきてくれた、空港近くのホテル着が23時、家を出てちょうど24時間の旅であった。
2006年4月5日
朝9時にホテルを出る、絶好の天候、気になっていた建仁寺垣、ボードウォーク、園路の石組み、枯山水石組みのチェック、最も重要な枯山水の石組み修正に取り掛かる。
昼食も抜き。6時まで石組みの見直し追加、コケの植え付けなど、腰が痛い。力の衰えを感じる、そんなことを言っておれないが仕方ない。今まで一人で持てたものがだめ、反面クレーンなど重機械の進歩で石組みへの取り組みの姿勢が随分変わった。創造できない重機械の力で大きな石が軽々と思うように移動できる。反面注意しながら実施しても何百年もかけて育ってきた石の表面の苔に傷がつく、注意しても限界がある。昔の石立僧が見たらなんというだろう。
とにかくこんな大規模な石組みは日本では中々経験できないこと、それを短時間にこなして行く喜びに勝るものは無い。
今日はこのくらいで筋肉をほぐし明日に備えることにする。
滝口に用いた枯れ木が竜に似ていることから「竜の滝」と命名しようか。
ホテルへの帰途スーパーマーケットで果物ビールを仕込んで帰る
2006年4月6日
今日は昨日と異なり雨、強く降ったり弱くなったり、午後からはアラレが降り始めた、上空はやはり寒いのだろう。
途中クラレ不動産元社長の山下さんから電話、今の電話は国内と同じ操作で接続できる。
さて、昨日も心配していた滝口周辺の組み替えと滝正面に向かって右側の園路沿いの配石を行った。石組みの周辺にコケを植え島状にした。池が完成したときの景を考慮してのもの、明日は左側と池の予定地周辺に大きな石を組み込んで行こう。
メインの枯山水の部分的修正はIVA氏(桝野氏と仕事をしたことのある人)が身内の葬式で明日はこれない、来てからにしよう、彼の重機の操縦は抜群である。
石を組む、裏込砕石を詰める、その上にコケのための土をかぶせコケを張る。設計者として傍観していることのできない僕はつい自分もやってしまう。この作業も中々腰が痛くなる仕事だ。
僕は見た目が若い???、50歳前後の人と同じに見られ相応の力を出さねばならぬ・・。指示を出しながら・・。足元が雨・あられで悪くなり5時で現場終了すっかり苔庭の枯山水の雰囲気が出てきた。
食事会に誘われたがお断りして、重い体をやっとの想いでホテルの部屋へ、早速シャワーを用いた身体のケアーに時間を掛ける。中国のホテルと異なり水廻りの設備は安心して操作使用でき、筋肉をほぐすのに効果が上がる。スッキリしたところでビール????本

2006年4月7日
カーテンを引くと昨夜雪が降った。路側の残雪が路面のアスファルトと対比的で面白い。今日は枯山水周辺の主要箇所に用いる石がそろっていないので、比較的小さな石を丘の上、斜面の途中など枯山水の背景となる位置に景石として配置する。据付の細部作業は後に現地の人にお願いするしかない。しかし施工会社のスタッフは中々分かりが早い、気になる箇所の石の交換を行った。
あとodifillさん(17世紀から18世紀世界野海運王といわれた家野末裔と聞いた)の住宅建設地に対しての意見を求められる。Odifill婦人が準備した世界の著名建築家の本と一緒に私の長兄の著書「民家の風貌」が議論のテーブルに出されて驚いた。奥様は現代風の建物がご希望のようだ。ご主人はノルデイックの伝統的なイメージを活かしたい様子、いずれにせよ何十冊も本を見てイメージ作りを楽しむ奥様の熱心さに驚くと共に、さすが暮らしたい国世界一のノルウエー。日本は12番目と記憶?
海岸の絶壁の岩山にはミモザが茂り、松林がその上を覆う。環境はまさに完成した自然のガーデンである。何もしないことが最も良い作庭と申し上げた。「そういわないで考えてください」とのこと、日本的なものをお求めなのだろう。自然の音が静けさを強調するような小さな流れと滝、瞑想の小屋を提案しよう。
帰りに僕のホテルで、オーゲ、オラブの2人を食事に招待、トナカイを食べた。赤ワインに良くあったさっぱりした肉であった。また食べよう。

2006年4月8日
今日は7時半にホテルを出てベルゲンより北方150Kmばかりの石置き場に行ったがあいにくの雪で良い石を一目で探すことができず、一つ一つ雪を手ではねて探したがやはり十分ではなかった。石組みの成功不成功は素材の選択がすべてともいえる。
午後2時に現場に戻る。僕の選んだ石を積んだトラックはすでに到着していた。残りは明日10時半には現場に運でくれるとのこと。
早速更なる石組を実施、見る度に気になるところが出てくる。そのたびに修正、仕事仲間にすまぬという気持ち、しかしここであいまいにはできない、変更修正の決断断行。
「皆さん本当に思うように動いてくださってありがとう」の一言、今日は土曜日の休みなのに6時まで付き合ってくれた。明日は更なる精度を上げていきたいがあいにくの日曜日、イースターホリデーの週とも重なり手元がそろうか心配。
地元の大口スポンサーのムーンさん御夫妻が現場を見ながら散歩にお見えになった。
お逢いするなり「モーカリマッカ?」と大阪弁、伺えば年に2回大阪にいかれるそうだ、東京ではパレスホテルがお気に入りで定宿とのこと、庭園工事費の約3分の2を大学に寄付されたようだ。見るからに貫禄十分・・・。
2006年4月9日
 9時現場へ、すでにIVA社長は現場で待っていた。今日は庭園のメインの入り口になるところの石組みをすることにした。友人でベルゲン在住の造園家OLAV氏が三尊の石組みっぽいアレンジをしてくれていた。ここを彼にも話をして全面的に変更、日本庭園のシンボルとも言える雪見灯篭を中心に蓬莱の石組みっぽい感じで周りを固め、地這性の松で周囲を埋め尽くすことにした。IVA氏の秀悦な機械さばきで巨石が動く、石文化の国ノルウエーのさすが技術者、彼は午後からコペンハーゲンへ向かうとのこと、お孫さんたちとイースターホリデー、かわいいお孫さんの写真を見せてくれた。
この作業中ムーンさん御夫妻がロールスロイスで帰宅するところに遭遇、「オハヨウゴザイマス」と挨拶されて笑いながら通り過ぎていった。
後は、大型クレーンのオペレーターと、本プロジェクトリーダーのブルニエフ氏、IVA社長のアシスタント女性技師の三人を相手に5トンもある巨石も含めて枯山水廻りの整備、お互い御家族との予定のある休日、3時に現場を切り上げてホテルへ戻る。
夕方6時にブルニエフ氏の夕食に招かれ馳走になる。食後ブルニエフ婦人を伴って現場を案内。夜中の0時北斗七星が美しい夜である。東京では見ることのできない星空、故郷信州の夜空を思う。
0時OLAV氏、AGE両氏にホテルに送ってもらう。明日はいよいよ帰国だ。
2006年4月10日
 帰りの飛行機での睡眠を考え熟睡をせず早朝起床、短い睡眠の中で海外活動する友人(石井孝明さんにであったり違う人だったり、複数の日本人が小さな家に同居しながら、家を持ち独立し、さらにチャレンジする姿)たちの夢を見た、不思議なことにトイレに起きてその後夢の続きを見た。どのような心理状態なのだろう。朝もしっかり夢のストーリーを記憶していた経験は珍しい。
長旅を考え朝食は胃に負担を掛けないように果物とヨーグルトで軽くした。今回のベルゲン滞在はアルコールを飲む機会が少なかったことと、肉体労働を適度にしたことにより体調が良い朝だ。
この調子で鍛え続ければ筋力も少しは戻るだろうか・・・。
AACAに電話したところ伊藤事務局長が腸閉塞で入院手術をしたとのこと、心配していたことが起こったという気持ち、出国前に伊藤さんにはよく検査するようにお話したばかりであった。
10時ブルニエフ氏が空港に送ってくれた。今回はKLMを利用SASは機械を使ってのチェックインで苦労したが、KLMは人間相手やはり安心感がある。
アムステルダムまで1時間半、乗り継ぎ時間が1時間半しかなく、あの広い空港をDコーナーからFコーナーに急ぐ、さすが日本への帰り便、ヨーロッパ各地にいた日本人が各地から集まってきてF3ゲートは日本人が半分くらいになった。
2006年4月11日
現地時間15時20分に離陸、日本時間10時間30分に成田着、麻薬犬が荷物の間をすり抜けながら一生懸命仕事をしている。けなげな姿に同情心も少し、成田エクスプレス10時16分発にて新宿へ、かんちゅうはいがうまい。
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by harutokobayashi | 2006-04-30 13:33 | ベルゲン作庭日記
日本の原風景・舟屋
2005年11月3日、和の生活文化を今に伝える伊根町伊根浦伝統的建造物群保存地区を訪問する機会に恵まれた
保存地区の景観的特長は、南向きの伊根湾と湾の出入り口の青島を囲む魚付林の濃い緑によって守られた狭い水際の土地に、帯状に展開する舟屋にあり、現在230戸が立ち並んでいる。時代による変化は避けがたく、漁船の大型化によって舟屋に入らない船が増えたこと、人口が減って高齢化が進んでいること、町の歳入の半分が観光事業に依存する現状など考えると、美しい舟屋の景観とともに、地域の人々の活力ある営みをどのような方法で後世に伝えるか、漁業が続く限り舟屋は温存できるとする考え方もあるが、日本の原風景が後世に残る知恵を出し合う時である。
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by harutokobayashi | 2006-04-19 14:39