<   2006年 06月 ( 6 )   > この月の画像一覧
醜景をなくすキーワード
デザインの力は、新たに造るだけでは産まれない。

JD「無自覚の醜景」フォーラム準備会小林治人のメモ
守口将之氏(自動車ジャーナリスト)車戸城二氏(建築家)佐々木歳郎(ブランドマネージメントコンサルタント)JD事務局:伊坂、何条

移動する立場から見たマイナス。
モビリテイーションにおけるパブリックとデザイン
パイロンアート? 数の論理でたくさん並べる。車道にもさらに歩道にも
おせっかい、無駄、
①プラスにNO
②マイナスにYES
③人のせいにしない

余景のマイナス
過剰から引く
マイナスデザインは、効果的で結果として儲かる。
醜いものから引く     

景観のダイエット

問題があったらデザイナーに聞く、
デザイナーは問題解決ができる。

デザイナーの力、デザイナー自身がもっとデザインの力を信じること、逆に責任の重さを感じること

無秩序なコマーシャルデザイン
風景の静けさ、安らぎの情景を、無自覚な行為が破壊する。
街並みへの貢献
景観は文化である。
とくにデザインが良いだけではダメである。

快適な音環境
ホワイトノイズ
オフィス、書斎、車中、情報機器、エアコン、自動車の音、気にかけないと気がつかない。
別の音に集中すると聞こえない。

近代建築は、マスキング現象がなくなる構造になって騒音を増長している。

新しい音環境に慣れるまで、新たな騒音が気になる。気にすればするほど聞こえてくる。
ある人が心地よくても他の人は不快に思う。

必要ない音は騒音
[PR]
by harutokobayashi | 2006-06-23 15:19
デザインの力
デザインの力

 本年6月19日、恵比寿の日仏会館で、「無自覚の醜景」と題して、討論をした。
日本デザイン機構主催、(社)国土政策研究会、(社)日本建築美術工芸協会共催によるものであった。日本の公的空間における余計なお節介、過剰サービス、過保護現象の増大、さらに経済原理が働いて、過剰競争に打ち勝つために、それぞれの企業者が「目立てば売れる」を基本原則として、量販店の絶叫呼び込み、周辺環境を無視した看板など、繊細な文化で世界を凌駕してきた美しい日本の情景はどこに行ってしまったのだろうかと・・・。自動車ジャーナリスト、建築家、ブランデイングコンサルタントという、まったく異なる業種の最前線で活躍中のプロが、それぞれ日本の公的空間についての想いを述べる会であった。
この会には、サイトを見て参加したという若者が多かったこと、会の後もメールで意見が寄せられるなど、テーマに対する人々の関心の高さをうかがわせるものであった。
共通する考え方は、「デザインの力」を忘れた日本人ということ、かつて江戸は世界一美しい環境文化の国であった事実を忘れていないか?ということであったように思う。
専門分化されすぎたデザイン分野を横断的に連携させて、デザインのちからで 、日本人の見識を高める運動につなげたいものである。
[PR]
by harutokobayashi | 2006-06-22 03:17 | 設景の思想
設景の経過
ベルゲン日本庭園設計までの経緯

 私がベルゲンの日本庭園を設計するきっかけは。通常コンペ方式で設計者を決定すべきところを、ノルウエーの造園家OLAV Tveitnes氏が、私の実績を評価して委員会に推薦していただいた結果であった。2003年3月のことである。
 ノルウエー王国は、1905年スウエーデンから独立した。その年日本国は国交を樹立した。それからちょうど100年が経過し。これを記念して日本・ノルウエー友好の日本庭園を造ることが検討された。計画策定に当たってはその財源を在ノルウエー日本大使館の労により、大阪花の万博記念協会の補助を受け、ベルゲン大学と、地元篤志家により資金が準備された。
 私は連絡を受けて早速基本設計に着手、2003年4月23日から28日にかけて基本計画と現場摺り合わせのためベルゲンに赴いた。補助金申請の締め切りが2003年9月1日ということもあり提出書類の作成を急がなければならなかった。
書類提出はしたものの大阪花の万博記念協会の国際文化活動支援の予算が減少して補助金が得られるか心配であったが在ノルウエー大使館のお骨折りで見通しがつきそうであった。しかし当初、全体的には資金の目途が立たずプロジェクトが中止されれば設計料も保証されないという状態が続いた。
2004年4月現場調査、業務内容の打ち合わせ
2004年7月現場測量
2004年12月現場 オスロ在日本大使館に斎賀全権大使表敬訪問
2005年5月24日着工式、いたるところ石楠花が美しい。
2005年10月 日大教授日高作品(フィヨルドの山と海)ベルゲン大学へ寄贈
2006年2月~3月石組み開始、建仁寺垣据付
2006年4月 一期工事石組ほぼ完成させる
2007年4月22日~30日 池の予定地地盤などの調査の結果掘削不可能、砂庭に変更し、両国の心のふれあいを通じて友好を深めるために枯心字池とし、その骨格を作る。
私の留守中に植栽については植物の専門家がそろっている。日本庭園向きの植栽についてはすでによく理解されている。
[PR]
by harutokobayashi | 2006-06-19 13:03 | ベルゲン作庭日記
ベルゲンの4月
ベルゲンの4月
ベルゲンの4月の気候は、雪、雨、あられ、強風、晴天、小春日和など1年中の気象が体験できるシーズンである。この気象条件に恵まれて、思いのほか豊かな緑の資源がはぐくまれていることを感じ、そんな中で石組みの基本について改めて考えて見た。
石の素材は、できれば同じ山でそろえることができればと思う。しかし逆に東京の清澄庭園は全国の名石を集めており、これもまた一つの選択技か、しかし、ベルゲンの庭は自然な美しさをコケと石で空間共演することをテーマとしている。このような表現をしようとする場合は、同じ山の方が節理もそろうし良いように思う。
 重機類の発達で石の移動は容易になったが、逆にせっかくの石の肌を傷つけやすい、
限られた時間で一気に行う限界を感じながら決断、一旦据え付けると半永久的に移動することは無い。その決断の結果に対する責任の重みを感じながら、全体をイメージしながら根入れの深さ、石の表裏、節理、他の石、やがて繁茂する植物との関係による勢い付け、わずか数人で行う作業中はすべての流れを私が作る。一糸乱れず動く作業の流れに感動する。
クレーンのオペレーターはじめ、皆さん力持ちでもある。50Kgのものも楽しげにヨイショという具合、新しい景の出現を皆さん楽しんでいる。頭上の小鳥の声も応援歌に聞こえる。多くの日本の先達が情熱を燃やした石組みの仕事へのお気持ちが良くわかる。
荒木芳邦、飯田十基、井上卓之、小形研三、斉藤勝雄、中島 健、中根金作ら直接ご指導いただいた先生方が偲ばれる。
[PR]
by harutokobayashi | 2006-06-19 09:16 | ベルゲン作庭日記
fake tree
「フェイク ランドスケープ エレメントを考える」
最近あるプロジェクトの打ち合わせの席で、fake treeという用語が用いられ、その役割りについて意見を伺う機会があった。Fakeは、だます目的で美術品などを偽造する。~のふりをする。見せかける。いんちきな模造品、まやかし物、いんちき、などと辞書にあるが、社会的道議に反する行為と直結した用語として一般には理解されている。
fake treeの場合、人工的に自然の樹木が植えられた状態を表現することに利用されているが、この場合あるべき場所にあるべき種類の木があるのではなく、自然の生育環境の中では育たない種類のものをあえて用いて,非日常的な環境演出を行う場合などに用いられるのが、従来からの常識であった。最近は、近代的な空港や、各種のビルのホールや、ビル周辺の広場など、ビルの著名性、イメージの高揚を図るために積極的に利用されるような傾向にある。
その理由を考えた時、次のようなことが考えられる。
1)特化した非日常的なイメージを、特定の都市・企業・場所に実現させることができる。
2)維持管理が簡単である。維持費が少ない。
3)製作技術が急速に変化して、本物と、偽者の判別ができないほどになった。
4)自然の資源の保護に役立つ場合もある。
5)先端的な各種の技術を利用して、環境演出装置として効果が出しやすい。
6)産業廃棄物の利用開発などが可能であり、創意によって、ニーズが創出できる。
7)価値のある物を便利にやすく供給することができる可能性が高い。
fake treeに属するものとして、造花、偽木、偽岩、偽石、人工芝、新建材、など身近に余りにも多い。いずれも需要が有るから生産され、生産されているから需要があるわけであるが、設景の立場から考えるとまだ問題を持ったものが余りにも多い。
どの点で問題なのか、考えてみたい。たとえば一般的には,fakeするのは自然のものを対象とすることが多いが、その場合、自然を良く観察して理解していなくてはならないがその理解が不十分な場合が多い。どこにどのように配置され,利用されるのかを考え、利用者にとって最大の喜びと楽しみを満喫できるためのサービスが最優先されなくてはならないことを頭に置きながら、さらに生産コストとの戦いをクリアーしなければ競争に勝てない。一般にfakeは良くないと言う風潮があるが、これからは限りある資源の有効利用は不可欠であることを考えると、偽岩、とか偽木などと言う用語から離れた独自の新しい呼び方をして、新しい資源としての位置づけを明解にして取り扱うべきではないかと考える。
従来その存在を否定的に把握しなければならないものが余りにも多いが、今後、基本的なコンセプトをしっかり検討して採用していけば、環境保全の立場からも利用効果を発揮するものも多い。 今後の更なる新技術開発によって、新しい環境産業をたちあげることにも連動することができるように思う。
[PR]
by harutokobayashi | 2006-06-01 12:32 | 設景の思想
資源枯渇の脅威
地球を読む  資源枯渇の脅威
読売新聞 2006年5月14日(日曜日)の記事から
杭州から帰りのJAL機上にて、目にした記事は地球環境を論ずる上でさけて通れないテーマであると考え、すでに読まれた方も多いと思いながら紹介しておきたい。

レスター・ブラウン 米地球政策研究所理事長
現在の地球文明が歩んでいる経済の道は、環境を維持できるものではない。このまま行けば経済は停滞し、究極的には崩壊に至るだろう。
森林破壊、砂漠化、地下水の減少、土壌の侵食、漁獲の激減、気温の上昇、万年氷の融解、破壊的な暴風雨の増加など、人間に起因する環境変化によって、地球規模の経済は徐々に損なわれている。環境科学者たちは、前々から、そう言い続けてきた。
 いかなる社会も、基盤となる環境が悪化すれば生き延びることはできない。経済の再構築が必要となる。そのことを、まだ多くの人々は認識していない。
 だが、状況は変わりつつある。もっとも基本的な資源の消費量で、中国が米国を越えたからである。すなわち食料部門の穀類と肉類、エネルギー部門の石油と石炭を見れば、今や中国の消費量は、石油を例外として、すべて米国を上回っている。食肉は米国の2倍に近く、鉄鋼は2倍を超えている。
 これは消費の総量である。もし、1人当り消費量が米国に追いついたら、どうなるのか。中国経済が年率8%で成長し続ければ、2031年には個人所得が現在の米国並みになる。
その時、個人の資源消費量も現在の米国並みなら、現在の世界の穀類壮収穫量の3分の2相当を、推定14億5000万の中国人口が消費することになる。紙類の消費量も、現在の世界総生産量の2倍になる。地球上の森林は消滅に向かうだろう。
 もし、米国のように、中国人4人のうち3人が車を持てば、総数は11億台になる。現在の世界総台数は8億である。さらに日量9900万バレルの石油が必要になるが、現在の世界生産量は日量8400万バレルであり、大きな増産は不可能かもしれない。つまり欧米の経済モデル、石油と車に依存した使い捨て経済は、中国では成立しない。もしそうなら、2031年の予測人口が中国を上回るインドでも成立しないだろう。「米国の夢」にあこがれるそのほか30億の途上国の人々にとっても、事情は同じである。
 21世紀初めの地球文明を維持し続けるには、再生可能エネルギーに基盤を置き、多彩な交通手段を持つ、再利用とリサイクルの経済への移行が不可欠である。これまでのやり方では、望ましい方向に進むことはできない。いまや新しい経済と新しい世界を建設すべき時である。そして、その建設計画には、①文明を維持できる地球経済の再建②全力を挙げて貧困を根絶し、人口を安定させ、夢を回復して途上諸国の参加を促す③自然環境の回復に向けた組織的努力・・・・・・の3要素が含まれる。
 新しい経済の端緒は、西欧の風力発電所群や日本の太陽光発電屋根、米国で急速に増えているハイブリット車、韓国の山々の森林回復、自転車にやさしいアムステルダムの街路などに見ることができる。実際、発展を維持するための経済建設に必要なあらゆるものは、どこかの国か国々で、既に行われている。
 風力、太陽電池、太陽熱、地熱、小規模水力発電、有機性資源「バイオマス」などの新エネルギー源の中でも、主役として台頭しているのが風力である。世界の風力発電の先頭に立つ欧州では、いまや4000万人ほどが、住宅用電力を風力発電で得ている。欧州風力エネルギー協会(EWEA)の予測によれば、2020ねんまでに、地域人口の半分に当る1億9500万の欧州人が、住宅用の電力をまかなうようになるという。風力エネルギーの急速な成長には、六つの理由がある。豊富に存在し、安価で枯渇せず、広く分布し、清潔、かつ気候にやさしい。これほど長所のそろったエネルギー源は、他にない。
 経済的発展を維持するような経済の建設には、世界的な協調と努力が求められる。それは、貧困を根絶し、人口を安定させ、ひいては世界の貧しい人々に、新たな希望をもたらすことを意味する。貧困の根絶は、家族構成の小型化を促す。そしてちいさくなった家族が、今度は貧困の根絶に貢献する。
 貧困根絶のためのよさんの必須項目は、小学校教育の普及のための投資、最貧層の子供たちへの学校給食、小児病ワクチンを含む村落レベルの基本医療、そして、全世界的の女性のための産科医療と家族計画サービスである。これらの目標を達成するには、あわせて年間680億ドルの追加資質が必要になる。
 もし経済を支える環境基盤が崩壊し続けるなら、貧困根絶のための戦略は成功しない。それは、地球環境回復の予算を結集させることを意味する。地球の森林を回復し、漁獲を回復し、過放牧をなくし、生物学的多様性を保護し、そして水資源の利用効率を高め、地下水位を安定させ、河川の流量を回復しなければならない。こうした処置を全世界が採用すれば。年間930億ドルの追加資質が必要である。
 かくして、社会目標を達成し地球環境を回復させる新たな計画のために、あわせて1610億ドルの支出が求めれれる。これは巨額の投資である。決して慈善行為ではない、われわれの子供たちが生きる世界への投資である。
 世界は今、年間9750億ドルを軍事目的に使っている。だが、経済を脅かし、ひいては「21世紀初頭の文明そのものを脅かす
方向に進んでいる環境の破壊と変動に比べれば、国家安全保障に対する現在の軍事的脅威などちっぽけなものである。
 新しい脅威には、新しい戦略が求められる。その意味で米国の軍事予算は完全に的外れである。米国が4920億ドルの軍事資質を流用し新計画のための1610億ドルを全額負担してもなお、他の北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国とロシアと中国を合わせた軍事支出を上回る金額が手元に残る。
 新しい経済を建設する上で
、最も不足している資源は時間である。気候変動に伴いわれわれは逆戻りできない刻限に近づいているのかもしれない。時計を巻きなおしたくてもわれわれにはできない。時を決めるのは、地球の自然なのである。
 いまや決断の時だ。われわれの置かれた状況の深刻さとわれわれがおこなおうとしている決断のじゅうようせいは,筆舌に尽くしがたい。迅速な行動の必要性をどうすれば伝えられるのか。明日では遅すぎる、といえばよいのだろうか。
 この決断は、何らかの形で、われわれの世代が行うことになるだろう。そのことにほとんどの疑問の余地は無い。しかしながらその決断が、今後すべての世代にわたり地球上の生命に影響を与えることになるのである。

レスター・ブラウン
1934年米国生まれ。農務省局長を経て、74年ワールドウオッチ研究所所長。2001年5月から現職
[PR]
by harutokobayashi | 2006-06-01 12:20 | 設景の思想