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2007年4月ベルゲン作庭日記
「ベルゲン作庭一人旅」

2007・4・22 ベルゲンへの旅
 朝5時、ベルゲンの日本庭園の図面など仕事場エクレールに取りに行く。昨日もスタッフは徹夜をしたようだ。ご苦労様。
自宅にて軽く朝食をとり、自宅を5時50分に出て、新の車にて調布駅北口へ、6時調布駅北口着、30分もある。テコ心配して北口まで歩いてきた。69歳の一人旅が気になるようだ。
6時20分京王バス成田行き入車、テコ帰る。6時30分調布駅北口出発、バスから見ると、調布駅の小さな建物の背後に総ガラス張りの巨大ビルができ、以前ここから出発するバスからの景色は、四角の小さな駅舎でも、それなりに空を背景として独立した姿をしていたものが、今は巨大ビルに飲み込まれた感じ、生活空間の景が激変する時代の中で、比較的のどかな感じのしたこの街も、徐々に機械的で人工的なものへと変質してゆく。
調布駅北口から成田への道は、長年出張のため早朝車で通う道、幕張を過ぎ千葉インターから成田までの東関東自動車道は、昔、路線予定地の毎木調査をし、後に高速道路沿いの植栽計画をした路線。しかし、当初設計になかった実生の黒松を法面に生長させ、当初植栽した中央分離帯のムクゲなども金属製の遮光板に変わるなど時間の経過を感じさせる。
防音壁の藤の花、ピンク色の里桜、が新緑の中でひときわ美しく感じられる。狭い国土の中で日本の設景は決め細やかな感性によって、それなりの特徴を発揮していると思う。
 成田空港も拡張に次ぐ拡張で利用者にとって訪れるたびに変化成長している姿が見えるが、利用者にとっては戸惑いを感ずる面もある。
 今日はKLMのKL0862便、11時30分成田発、16時20分にアムステルダム着の予定、オランダは今まさに花のシーズン、ドレスデンで一泊して花の写真をとることが楽しみで期待している。荷物は手荷物のみとし23日にベルゲンで受け取ることとしたため身軽である。
10時45分搭乗時間までパソコンを相手に時間つぶし、以前だともっぱらアルコールを口にしたものであるが・・・。

2007・4・22 LEIDENの街
成田から約12時間飛行の後、スキポール空港から鉄道でライデンに向かう、ポプラの並木とミドリのじゅうたんの中をおよそ15分の短い列車の旅である。5EUR TAXIだと55EUR位で列車が快適であるし安くて早くて便利である。
列車内はクラスが1と2に分かれていているが車内のデザインも曲線が上手に使われていて、雰囲気がゆったりしている。また、切符も購入したままで改札もなければ検札、出口の回収もない。言って見ればまったくの信用社会のシステムが採用されているといえる。
日本と大きな違いである。  
ライデン駅について、進行方向右側の出口を出るとholyday inn Leidenのシャトルバスの送り迎えがあり、5分くらいでホテルに着く、夕方6時だというのに日は高く大変暖かだ。
近くにはLEIDEN大学とかおそらくシーボルトと関係のある自然科学 博物館らしき建物が見えていた。シャワーを浴びてホテルのバーで大型TVのサッカーを見ながらくつろぐ、
日本のJリーグを見慣れている目にはこちらのサッカー激しいこと、見る方がつい熱が入ってしまう。肉食動物の戦いと草食動物のそれとの違いを感じる。
近くの席で老父夫婦が200g以上ありそうなステーキをそれぞれ仲良く、むしゃぶりつきながら、同じサッカーを見ている。
野菜で生ビールを飲みながらの私とはずいぶん違う。
サーこれらゆっくりかシャワーをとって、休もう。

2007.4.23キュウケンホフ
 ライデンの朝は6時に目が覚めた。さすがに長旅で疲れたこと、昨夜のビールが効果的であったことなど挙げられる。
昔は海外のたびは2時3時と不規則に目が覚めたものであるがずいぶん違ってきたものである。成田で飛行機に乗ってから今までの歩数、15211であった。

2007・4・23 キュウケンホフからライデン中央駅へのバスの中で
 日常空間の中で、日々感動できる空間作り、特別な設えをするのではなく、さりげない
一人ひとりの身の回りへの心遣いが発気され、全体として街並みの美に直結していくのだろう。
久しぶりの一人旅、その気ままさにある種の自由さを感じながら、テコや孫たちに見せたいという気持ちが以前にまして強くなっているように感じる旅でもある。
気ままに地球を飛び回れる現代、今までは経済距離が遠く感じられたが、贅沢を言わなければ、国内旅行より飛行機代も安い。このオランダも今までに何回訪問したことだろう。
唐沢先生、秀島豊社長、環境政策研究会の仲間たち、TLA入社希望のルデイーとの面接のためテコとパリから訪問した時、その他多くの仲間が一緒のことが多かった。またそのつど目的が異なる旅であった。レンブラント、ゴッホなどの作品に触れることの出来る街
若い仲間と一緒の時はもっぱら空港で飲むことが目的のような有様、しかし、今回は一人もっぱら空港内施設など好奇心を発揮する機会でもあった。
追記:スキポール空港のトイレットの小便器は実物のようなハエが描かれている。汚れ防止策の賢いデザイン。
ベルゲンへの機上で
14時50分にスキポール空港を離陸したKL1189は、上昇を続ける途上、眼下にチューリップ畑が鮮やかな色彩で、まさにじゅうたんを敷き詰めたよう。かつて、秀島豊社長にお供したときと同じ季節であったことを思い出した。
 今機上でキュウケンホフのことを思い起こしているが、落葉広葉樹中心の林苑の新緑を透しての柔らかな日差が、鮮やかなチューリップの色彩を引き立たせている。
世界一の花の庭園を自称しているだけのことはある。
訪れる人も老若男女、特に幼児とお年寄りが目立つ。壮年層の来園者はアジアなどからの旅行者がほとんどと見受けた。
以前アジアの旅行者といえば日本人が多かったが今は違う。
キャッチアップの時代を卒業した日本の旅行者たちは、顔形は同じでも明らかに他のアジアの人たちとは行動が異なる。旅のマナーも先端国になったのだろうか?
今バルト海上空、先ほどデンマークの上空では風力発電の風車が見えた。農村集落ごとに風車が設置されている。
右前方に雪をいただく山脈が見えてきた。スカンジナビアの山稜である。機首を下げ下降する飛行機、入り組んだフィヨルドの海岸線は鮮やかな新緑、アア・・着いた。
16時45分である
オラブ、オーゲ、ブルニエフ、オマの各氏が出迎えてくれた。
そのまま現場へ直行して、現場の様子を見る。
 四角い池に愕然とした!
メールで報告は受けていたが、池の予定地は底なし沼だったため掘り下げることをやめシートを引いた上に盛り土をして方形池が作られ、満々と水が張られているではないか、
 まさに水田の出現である、日本庭園でも農村風景の添景に水田を作った例はあるけれど・・・・。これでは庭園にならないと決断、池作りの基盤を利用して砂庭にすることを提案、(2003年4月、最初現地を訪問したとき、底なし沼を予測して現況尊重案と砂庭の提案はしてあった。)直ちに庭園建設委員会に諮問することをお願いして、定宿にたどり着いた。

2007・4・24ベルゲン採石
8時半にホテル出発、昨日の私の指示を受けて現場では田んぼの畦のように詰まれた土手がほぼ撤去されていた。昨晩の内に電話で庭園建設委員会の了解が得られたとの連絡も受けた。
もし、ダメといわれたら・・・。との心配もあったが僕の納得する仕事ができるように配慮されたものと思う。
昨年2月と5月に実施した枯山水の仮石組み、材質、組み方など気になっていたところを根本的に改善することとした。やはり雪の中で見た石、コケが剥げ落ちた石、ことなる山から集めた石、それらを整理しながら午前中を過ごす。
午後から砂庭に使用する石を山に採集に行く。フロム鉄道沿いに1時間有余走る。フィヨルドの数百メートルもある切り立った崖の下にはコケに覆われたすばらしい石がごろごろしている。地元の管理者に話がしてあるということで直ちに石の選定、しかし、採石できるのはクレーンの届く10数メートル、注意深く石を探す。採石した後をコケで復元しながら・・・。
現場に戻って、さらに枯山水の作業、しかし、こちらの人は夕方4時ころ仕事を終わるのが習慣、それを忘れてついがんばってしまい、現地の人に迷惑をかけてしまった。
今の時期20時半ころまでは仕事ができる明るさ・・・・。
携帯電話が4時頃になると現場のあちこちで鳴り、それが奥様や子供さんたちからのものであることがわかった。
歩数5870

2007,4,25 ベルゲン作庭 枯山水再編集
 今日も枯山水の石組みを修正、材質の違い、石目、コケの状態、形、できるだけ丸くない石、全体の勢い、などなど考えて行うが、相手は巨大な石ばかり、一旦決断して設置すると後で治せばいいというわけには行かない。しかも重機を用いての作業はせっかくの石の表面を傷つけてしまう。三又で作業した時代には予測できなかった巨大な石も動かせるが。見る人が見ればなんだこれは、と批判されるだろう。
ブルニエフがランチの心配をしてくれる。がその時間がもったいない感じ、デモ一緒に僕をサポートしてくれる方に悪いのでサンドイッチをほおばりながらの作業である。
歩数5547

2007・4・26 砂庭の石組
 朝一番に現地に入り,配石のイメージと素材を何回か見直す。美しい自然のフィヨルドの一部から採集された石は粗末にできない。現場にあるものすべてに出番を作ってやりたい。石はそう叫んでいる。デモどうしようもないものもある。
かつてフィリピン,カリラヤの日本人戦没者慰霊園(池原謙一郎設計、金子栄一施工管理)
の現場で、中瀬操さんが、庭師は贅沢を知らなければいけない。最高の材料を使うこと。とフロに入りながらの会話が思い起こされるが、僕はその頃の事も参考にしながら、僕流に貴重な資源を採集してきたからには、日本庭園のためにと採集してきた関係者の気持ちもくんでできるだけ生かすことを考えることとした。
 砂庭は基本的にはフラットなところに組むため、基礎固め目詰めの玉石・採石・土をうまく使用すると山にあったときの美しい姿の再現がしやすい。滝口なども同じといえるが足場が平らだと作業するのにずいぶん違う。
一つ一つ手に触れた石が数百生まれ変わっていく姿に最高の喜びを感じる。今日もランチはサンドイッチををほおばりながらだ、コーヒーを飲むと小便が近くなって心配なので回数を減らすよう我慢して7時までがんばる。
途中重機の関係で2時間ばかり時間ができたので植物園のロードデンドロンのゾーンを見て回った。広い。1972年に地元出身の事業家が大学に寄贈したものだそうだ。
園内は幼稚園生が先生に引率されて遊戯など愉しんいる。それをお年寄りが大勢散歩をしながら眺めたりしている。のどかな風景である。
70歳のパーテイ
今晩は、ブルニエフが日本旅行を一緒にした仲間と一緒に自宅に招待してくれた。
8時から食事、ベルゲンを見下ろす丘の家から新興住宅地の風景を眺めながら、ノルウエーの伝統的な食事をいただいた後、僕が70歳ということで大学のデイレクターを含む有志から記念の贈り物、ヨーロッパでも有名なMORFOという作家の花瓶をいただいた。またブルニエフからは日本の仲間とベルゲンに来るときのプラン作りに参考にしなさいと本を贈られた。
ノルウエーでも70歳は記念するそうだ。  アーアーついに僕も70歳か、これからは大いにこのベルゲンでしているような仕事をもっと積極的にしていきたい。
10歳は若返った感じ、石との会話もきわめて順調だ。
日本の旅のスライドを拝見後、歓談して12時にホテルに戻った。
明日の朝は起きられるかな・・・。
植物園、サイトを何回も回ったため今日の歩数は20098

2007・4・27配石を楽しむ
今日は、サンドガーデンの仕事が中心、護岸モデルの作成の後、全体のバランスと配石を決める。
その結果、前日設置した石と新しく作業した石とのバランスが崩れるものについて再配置を実施、最終的に昨年の仕事も修正、
ノルウエーの人たちは午後4時には仕事が終わる。しかしこの時期午後8時半まで日が昇っている。限られた時間の中で勝負する僕としてはせめて7時までは仕事をしたいが、家族からの電話の応対に苦労する姿を見ていると早く家に帰らせてあげようと気が気でない、そのような時の結果としての石組はなんと悪いことが・・・・。
習慣の違い、郷に入ったら郷に従えだ。僕にとっては仕事でなく楽しみなのだから無理へ言えない。僕の人生で最高の楽しみなのだ。関係者を帰した後一人で構想を練ることの楽しみはまた格別である。
ハルトガーデン・テープカット
 昨年日本の旅を一緒にしたIVAが家に誘ってくれた。ベルゲンから北に約70Km、訪れて見るとわが故郷信州のイメージに重なるところが多い。午後8時過ぎに始まった食事もIVAが作った庭園の前、僕のためにハルトと名前をつけた庭園のテープカットをした。同時にタキの流れの音が心地よい。各種のイベントを考えてくれていた。ありがとうIVA
かわいい双子のお孫さんとも逢った。
行きかえりはOLAVがSAABを運転してくれた。心の充足感はともかく、肉体的にはかなりハードな今日の愉しみは終わった。今、午前1時、今日は8時半から現場の約束、さあ寝よう。
歩数 11572歩

2007.4.28 巨石を立てる
今日は土曜日、地元の人は休日徹底して休むので手元がなくて大変、しかしオペレーターは僕に付き合って仕事しますとがんばってくれた。しかし、石組みの経験のない彼を指導しながらの作業は手が回らないことが多く、自分で手を出すこととなるがすでに力が減じている僕の作業も際限がない。しかし、安全に早く仕事を進めるのには工事中の注意を身をもって示すしかない。
昨年はやりすぎて首がおかしくなりMRIで撮影したところ、頚骨4~6番にずれが生じていることが判明、今年は無理をせぬよう気を使ったつもりだが・・・・。
石の配置は決定したが、新しく石を組むたびに全体をチェックしないと、その度に全体のバランス、姿・様子が変わる。石の気持ちになってそれぞれの個性をどのように組み合わせるかだ、
とにかく、今回の作業は今日が最後、それでも白砂を入れる基盤は整ったので一部入れて様子を見た。後は指示通りにやってくれることを期待して現場を去る。
夕方OLAVが近所の人たちとパーテイをすると誘われたが疲れていたし、現場の細部を考えなくてはならず失礼と思いながら欠席。
ホテルで食事をして一息入れながら、日本庭園のことを考えよう。
今回の作業を元に全体の構成を図面にして渡すこととした。
 通常この規模の庭園は日本から職人さんを伴ってくるのだが、今回は寄付を集めながらの仕事のためそれもできず。結局僕が日本庭園のことを何もわからない人たちを相手にして庭作りをするわけだ。
今。午後21時40分、外にはまだ鳥の声、夕日は見えないがまだ十分明るい。
今日は、何回も何回も砂庭を遠くから眺めるためにロックガーデンの丘に登ったりして、
23348歩の歩みをした。

2007年4月29日 現場指示図の作成
 朝5時から9時にかけて、今回作業した全体構成図を作成し、主要箇所についての植栽
計画を作成してブルニエフに託した。
12時10分ベルゲン発、13時45分スキポール空港、D43搭乗口より15時45分離陸
30日の9時45分に成田に着いた。
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by harutokobayashi | 2007-05-13 14:29 | ベルゲン作庭日記
Keukenhof
2007・4・23 ベルゲンへ

 日常空間の中で、日々感動できる空間作り、特別な設えをするのではなく、さりげない
一人ひとりの身の回りへの心遣いが発気され、全体として街並みの美に直結していくのだろう。
久しぶりの一人旅、その気ままさにある種の自由さを感じながら、テコや孫たちに見せたいという気持ちが以前にまして強くなっているように感じる旅でもある。
気ままに地球を飛び回れる現代、今までは経済距離が遠く感じられたが、贅沢を言わなければ、国内旅行より飛行機代も安い。このオランダも今までに何回訪問したことだろう。
唐沢先生、秀島豊社長、嶋賢先生、環境政策研究会の仲間たち、TLA入社希望のルデイーとの面接のためテコとパリから訪問した時、その他多くの仲間が一緒のことが多かった。またそのつど目的が異なるたびであった。
若い仲間と一緒の時はもっぱら空港で飲むことが目的のような有様、しかし、今回は一人もっぱら空港内施設など見て回り、好奇心を発揮する機会でもあった。
14時50分にスキポール空港を離陸したKL1189は、上昇を続ける途上、眼下にチューリップ畑が鮮やかな色彩で、まさにじゅうたんを敷き詰めたよう。かつて、秀島豊社長にお供したときと同じ季節であったことを思い出した。
(キュウケンホフからライデン中央駅へのバスの中で)


 今機上でキュウケンホフのことを思い起こしているが、落葉広葉樹の新緑を透しての柔らかな日差が、鮮やかなチューリップの色彩を引き立たせている。
世界一の花の庭園を自称しているだけのことはある。
訪れる人も老若男女、特に幼児とお年寄りが目立つ。壮年層の来園者はアジアなどからの旅行者がほとんどと見受けた。
以前アジアの旅行者といえば日本人が多かったが今は違う。
キャッチアップの時代を卒業した日本の旅行者たちは、顔形は同じでも明らかに他のアジアの人たちとは行動が異なる。旅のマナーも先端国になったのだろうか?逆に言えばお行儀が良すぎるとも言えるが、旅の恥は掻き捨て的でないところが見ていてうれしい。

今バルト海上空、先ほどデンマークの上空では風力発電の風車が見えた。農村集落ごとに風車が設置されている。
右前方に雪をいただく山脈が見えてきた。スカンジナビアの山稜である。機首を下げ下降する飛行機、入り組んだフィヨルドの海岸線は鮮やかな新緑、アア・・着いた。
16時45分である
オラブ、オーゲ、ブルニエフ、オマの各氏が出迎えてくれた。
そのまま現場へ直行して、現場の様子を見る。
 愕然とした!
メールで報告は受けていたが、池の予定地は底なし沼だったため掘り下げることをやめシートを引いた上に盛り土をして方形池が作られ、満々と水が張られているではないか、
 まさに水田の出現である、冗談に日本庭園でも農村風景の添景に水田を作った例はあるけれど・・・・。これでは庭園にならないと決断、池作りの基盤を利用して砂庭にすることを提案、(最初現地を訪問したとき、軟弱地盤を心配してすでに砂庭の提案はしてあった。)直ちに庭園建設委員会に諮問することをお願いして、定宿にたどり着いた。
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by harutokobayashi | 2007-05-02 15:49 | ベルゲン作庭日記