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天心祖孫&暁斎祖孫トーク
妙高高原メッセ 祖孫トーク      
 2007年5月10日
 融かされて、緑の中に飲み込まれそうな環境の中で、妙高高原メッセは、開かれた空間の中に明るく近代的な姿で訪れる人を迎え入れていた。
トークの前に河鍋先生から暁斎の絵とその解説をしていただいた。3歳で蛙の絵を描き、19歳で狩野派の免許皆伝になり,狩野派から受け継いだ画風にこだわらず、浮世絵、戯画、額絵、行絵等なんでもこなし、特にお酒が好きで、飲むとすさましいばかりの勢いでたくさんの絵を描いた。明治3年には狂画をとがめられ拘留されたりしたとお話があった。
 司会の森山先生を中心に、ステージに向かって右側に河鍋先生、左側に岡倉先生が着座され、先生方の前には妙高の銘酒の一升瓶が置かれていた。
早速森山先生がお酒の封を切り、お酒を楽しみながらの対談には会場からも拍手が起きた。
お二人の先生のお話から、今まで知ることができなかった明治時代の巨人の姿が浮き彫りにされた。また会場からは、お二人の巨人の話を祖父から聞いていたが今日のようなお話に、家にあるかもしれない作品を探して見たいというようなかたもいた。
 トークの後、戸隠神社の中社で天心&暁斎顕彰会を開催した。その会場の上には暁斎が1時間で描いたといわれる龍が会場を見下ろしていた、この龍はオリジナルが火災で焼けたため、絵葉書から拡大したものであるとの事であった。
暁斎の龍は調布の深大寺にもあるとの事、早速訪れて見なくてはならない。
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by harutokobayashi | 2007-06-16 11:10
岡倉天心&河鍋暁斎
天心&暁斎曾孫対談
2007年6月9日(土曜日)
朝、10時40分頃自宅を出て中央高速道経由妙高高原の妙高ホテルへ、
午後2時15分到着、オフシーズンの道はすいていて早かった。5月3日
松本市のアルプス公園に行くのに6時間かかった時のことを思うと嘘のよう。
久しぶりの妙高は小雨、ホテルに荷物を置いて岡倉天心(1862~1913)終焉の地、赤倉六角堂と天心山荘(1907)へ、六角堂に隣接した蓮華ツツジが見ごろで美しい。  
私は10年近く前、天心とフェノロサがかつて描いた夢、バルビゾン村構想の発想を受けた新潟県が、地域振興策の一環として頚南地域のバルビゾン計画策定に着手しており、そのお手伝いで訪問して以来の事である。緑濃い高原のたたずまいの中で、51歳でこの地で波乱に満ちた人生を閉じた天心は何を思ったことだろう。
明日は天心の祖孫・岡倉登志(たかし)(1945~)大東文化大学教授と、天心とフェノロサが東京美術学校創立に際し、最初の教授として着任を要請していた(1888)が開校(1889)の前に胃がんで他界した河鍋狂齋 後に暁斎(きょうさい)(1831~1889)の祖孫・河鍋楠美(くすみ)医学博士、財団法人河鍋暁斎記念館理事長・館長、蕨眼科医院院長の対談を、私の友人、美谷島健氏が企画し、森山明子武蔵野美術大学教授の司会で行われる。
夜は地元の協力者を交え、講師の先生方とともに歓談する席にも出席させていただいた。
天心と暁斎が時を越えて祖孫同士の形で始めてお会いしたとのお話、日本の文化活動史に残る出来事といえる。さすが美谷島さんの企画だ!
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by harutokobayashi | 2007-06-16 11:07
マイナスデザイン
マイナスデザインを考える時
 私は今まで、都市の緑を軸に設景を考えることが多かったのですが、身近な生活風景についても、どうしても許せない、我慢できない、目が腐るから何とかしてほしいなど、日本の非文化的醜景、特に日常的、公的空間においての不満が語られて久しくなりました。
今まで、われわれの身近な公的空間に私が出すぎていないでしょうか、目立てば売れるということで看板の氾濫、大声で叫ぶ量販店の客引き、お節介を通り越した案内サービス放送などから始まって、公共性の高い交通機関でも、同じ場所に重複しておかれた過剰交通標識などなど・・・。
ところが、今まで感覚が麻痺していたのか、当たり前と思っていて気にしなかった騒音や醜景も、人から言われて気がついたという人が意外と多いのが現状です。
確かに言われて見れば消費者を馬鹿にしたような、過剰サービスだと不快に思えて来ることがあります。人から聞いて我慢できなくなったなどという話も聞きました。
これからは、過剰なものを公的空間からマイナスすることによって、日本的な文化性を高めるため、新たにモノを造ることもさることながら「マイナスのデザイン」が重要であるということが言えます。
もともと批判される看板や各種の施設を設置した人たちは、経済原理にそって目立たせれば、商品が良く売れて儲かる。という図式を無自覚に実施しているだけで、地域全体の環境性、文化性、ましてや美しい風景などを考えるゆとりがまったく感じられなかった。そんなこといっていたら商売にならないといわんばかり・・・・・。
 このような無自覚な行為が引き起こす文化的マイナス要素を、マイナスしていくことも今後「美しい日本」を創出させるために必要ではないかと考えます。
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by harutokobayashi | 2007-06-03 10:30
ランドマーク
ランドマーク
 都市景観の中にあって、程よい視覚的な強さを持ったランドマークは、景観のアクセントとして快い効果を発揮します。
ランドマークはそれが樹木であったり、人工的な造形物であったりしてもどちらかといえば、環境の中に埋没した形のものが望ましいと考えます。
しかし、現実はビルにしても、広告、案内板、標識、などあまりにもランドマークが多すぎます。本来ランドマークとして、人々に認知しやすくしなければならない交通標識、公共施設、記念施設、名木、などが過剰なランドマークの中に埋没してしまっている。
各地域・都市ごとに最も強調すべきランドマークの存在を弱めている過剰なランドマークは当然これをマイナスしなければなりません。
今後の望ましいランドマークのあり方を考えるに際して、都市全体の中で各種のランドマークが、視覚的な強さ、弱さが程よく調和配分されるための専門職が必要な時代になったといえます。
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by harutokobayashi | 2007-06-03 10:26 | 設景の思想
街路樹
街路樹
 新緑の季節、軽やかなミドリの風を身にまといながら街を歩く時、緑のありがたさを感じます。街路樹は都市の緑の中でもっとも人々に触れる機会が多く、人々の心に残る都市景観の一つといえます。
しかし、この街路樹も、全国的に幅の狭い歩道に植えられることが多く、各種の問題を起こしています。街路樹はもっとも人々に認知されやすく、都市イメージの良否を問われる貴重な社会資本でありながら、場所によっては撤去してほしいという声も聞きます。
これは住民のわがままというより道路構造と樹種の選択の段階で問題があったのであり、全国的に道路構造と街路樹、サイクリング道路などと共に総合的に見直すべき時代になっていることの証しであります。
具体的な問題として考えられることは、歩道の決定的な狭さ、植枡の小ささ、生育基盤である土が舗装で覆われている。等が挙げられ、多くの歩道に不透水舗装がされているため、樹木は水を求めて舗装の表層と下層路盤の間に細い根を張りわずかの水を便りに成長していく。
ある程度根が成長するとその圧力で表層に亀裂が生じ、そこから水が浸透しやすくなってさらに根は成長する。結果、歩道面は凸凹になって車椅子も通れない状況となります。
車道側のU字溝に向かった根は、U字溝の繋ぎ目から徐々に根を張り排水溝を破壊してしまいます。
このよう現象から、これからは車道の幅をマイナスし、緑が育ちやすく高齢者にも優しい歩道の整備が急務となっています。狭い既存の道路復員を増やせない時には、今まで道路構造上の強度などを先行させて設計されてきた路盤に、上部からの圧力に耐える植栽基盤としての路盤の改善を進めるべきであります。そのことによって、狭い植枡の中で奇形になっている街路樹などの醜い姿を見ないで済むようにしたいものです。
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by harutokobayashi | 2007-06-03 10:25 | 設景の思想
街並み・家並み
街並み・家並み
 都市においては、各種の建物が景観上の主体部を構成しています。ビルや各種の建物が都市環境、都市景観に及ぼす影響が極めて高い。個別の建物が立派でもそれらが集まったときの人工景観を意識した場合と、しない場合では住区イメージの品格において大いに差が出ることが考えられます。多様な緑の導入によって美しく品格のある街並みは、地域全体の資産価値を高めます。
 街並み・家並みの美しさを考えたとき、1970年代頃のミニ開発は、狭い敷地を仕切っているブロック塀、大谷石塀、万年塀、レンガ塀などが混在して、乱れた景が普通でした。
21世紀初頭の今、開発されるある一定規模以上の住宅開発地などでは、無電柱化が実施されていて、緑ものびのびとした感じの街並みが散見できるようになりました。
街並み・家並みを考えた時、電柱の存在を抜きにして考えられませんが、この問題は古くて新しい問題として社会的にも意識されていますがまだまだ時間がかかりそうですね!
他方歴史的な建造物群、あるいは道路舗装まで含めて人工的建造物によって全体景が美しくコントロールされている場所は、自然の緑導入は逆にさけた方が良い場合もあります。
ヨーロッパなどの古い都市では植物としての緑が無いけれど、心に残るミドリのイメージが強い街並みが各所に見られます。都市の緑を考える上で大切なことは、「緑のあるよさ、緑の無い良さ」も考えることだと思います。
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by harutokobayashi | 2007-06-03 10:23 | 設景の思想
住まいの緑
住まいの緑
 住まいは生活の拠点であります。その内外の緑の質・量は生活環境的に大きな意味をもっています。しかもそれら個々の集積が都市景観の主体を形成するのであり、個人の住まいではあっても、そこの緑が都市環境整備上大きな影響力を持っていることを意識するべきであります。
住棟間の緑でも住まい手として窓からの景観を愉しめるように配慮しながらも、居住区全体の景観との調和を考えるべきであります。
日本の居住区は一般的に狭い敷地が多く、敷地の中に、成長が早く、緑の量が多い公園に植えるようなケヤキ、プラタナス、メタセコイヤ、ヤナギ、ポプラなど巨木になるものは一般的には避けるべきであります。
しかし、街区全体から見ると緑豊かな景観形成として巨木のイメージは良いのですが、長期的な樹木の成長予測をし、公的空間と私的空間によって緑の質を考える必要があります。
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by harutokobayashi | 2007-06-03 10:22 | 設景の思想
設景の概念
設景の概念
 設景という用語は、明治時代の漢学者であった小沢圭次郎が、1910年ロンドンで行われた日英博覧会に、日本政府出展の日本庭園を設計出展したことに対し、女王から感謝状が贈られてきた、その時、小沢はデザインを設景と訳して設計と一線を画していました。
当時、設計は家を造る時、請負に出すための目論見書を作る仕事であると理解されていた。設景は、庭にたとえれば、園路、東屋、築山などをどのように配するか、今で言うところの都市デザインに通じる考え方である。と理解していたことが解り、この設景こそが私の目指している仕事の表現に相応しい用語であり概念と理解しました。
あえて定義付けるとしますと、「設景とは、人と自然の産物である景観などを計画する時、この人と自然の関係を美学的・芸術的視座と科学的・生態的視座からよく理解して、この両者を総合的に調和ある姿として空間化し、それを持続的に管理していく仕事である。」ということになります。
仕事の領域としては、陸域・水域・気域に及ぶ、といえますが具体的には、地域・都市などの水・緑に代表される自然とかかわりのある事業、たとえば観光・リゾート地の調査・計画、住宅開発地、広場・公園緑地などの環境調査・計画設計と多岐にわたります。
これら多様な設景領域の中で作庭は、設景の概念を最も総合的に内包した行為といえます。
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by harutokobayashi | 2007-06-03 10:20 | 設景の思想