北京大学視察団
f0059232_12121450.jpg

2012.4.13~14、北京大学景観設計院視察団は、人数が多かったため2回に分けて国営昭和記念公園を訪問した。澤田大介公園事務所調査・品質管理課長から国営公園についてお話を聞いた後、小雨の中満開の桜と林床花壇のチューリップ、みんなの原っぱのポピー、こどもの森、盆栽園などを愛でた後、お茶室でくつろぎながら庭園鑑賞をした。この180haの公園鑑賞には1万歩前後の歩数が必要。
f0059232_12241382.jpg

[PR]
# by harutokobayashi | 2012-04-23 12:12 | 国際交流
電子書籍:美しい「景」をつくる
f0059232_13491443.jpg

今までの「設景」活動の一部をまとめてみました。
[PR]
# by harutokobayashi | 2012-04-22 13:49 | 国際交流
東京の桜
f0059232_5353876.jpg

4月8日、JR上野駅公園口は人でいっぱい。
f0059232_5371143.jpg

歩くのに苦労する人ごみ
f0059232_53815100.jpg

前日から寒さに耐えて頑張って場所取り、宴会中のトイレ、花を楽しむのも一苦労
昨年は震災で自粛した反動か?今年は天気にも恵まれ一段とにぎやか、平和な景に感謝
[PR]
# by harutokobayashi | 2012-04-12 05:42 | 花の景
津波に弱かった杉林
f0059232_623923.jpg

f0059232_6241763.jpg

被災地海岸の杉林はほとんどが枯死している。
[PR]
# by harutokobayashi | 2012-04-10 06:28 | 記録・含震災関連
社叢林は残った。
f0059232_6144233.jpg

f0059232_6173156.jpg

気仙沼港に面した五十鈴神社
f0059232_6185837.jpg

岩井崎の小さな神社林
[PR]
# by harutokobayashi | 2012-04-10 06:14 | 記録・含震災関連
クロマツ林は残った。
f0059232_5382374.jpg

f0059232_538533.jpg

f0059232_5393685.jpg
f0059232_5401433.jpg

津波に枝葉をもぎ取られ龍になった松は、「復興の光」として絵葉書になっている。
絵葉書に撮影者の名前がない。
f0059232_1058843.jpg

f0059232_5511455.jpg

2012・4・4風の強い日に著者撮影
[PR]
# by harutokobayashi | 2012-04-10 05:41 | 記録・含震災関連
高田松原「希望の松」
f0059232_5293759.jpg

関係者の保護活動もむなしく蘇生が断念された「希望の松」(2012・4・4)
f0059232_5331020.jpg

f0059232_5572523.jpg

f0059232_5335743.jpg

枝葉を津波にもぎ取られ幹だけが残った一本松が悲しみを誘う。
[PR]
# by harutokobayashi | 2012-04-10 05:35 | 記録・含震災関連
ニッポン!チャ、チャ、チャ!
f0059232_1254311.jpg

f0059232_1255680.jpg

報知新聞(1992年11月19日)に投稿された牛木泰吉郎氏の記事。
[PR]
# by harutokobayashi | 2012-02-06 12:58 | 池原謙一郎
日本サッカー狂会
f0059232_12315728.jpg

サッカーは国境を越えて世界に!を意図して池原謙一郎さんがデザインした。

「日本サッカー狂会」

 今日もこの8月に調布から移転したばかりの府中の仕事場で、山積みされた資料の整理を行い帰宅したところ、故池原謙一郎さんの奥様から「お元気でおたんじょうびをおむかえになられますこと嬉しく思っております。この本をパラパラとめくって笑っていただけたらと思いお送りいたします。池原和子。との添え書きと共に「日本サッカー狂会」編者:
日本サッカー狂会、発行者:佐藤今朝夫、発行所:株式会社国書刊行会(電話 03-5970-7421)2007年7月25日初版第一刷発行が送られてきていた。
「ドキ!」とした。なぜかというと、先ほどまで資料を整理していた中で、池原さんのサッカー狂会関係の写真などをファイルに仕分けなどした後だったからである。
私は1964年5月に官職を辞し、最初に訪れたのは建設省、日本住宅公団とお勤めのあと、日本技術開発株式会社に転職され、世界デザイン会議、国際造園家連盟日本大会などの準備に追われていた池原謙一郎さんであった。
その後、池原さんが「環境計画研究室」を創立され、ランドスケープ・造園の計画設計を専業とされるようになってから、駿河台、原宿とご一緒することとなった。
そんな関係から、不幸にして原宿の事務所で倒れられてから、池原さんの資料などお預かりすることなり、池原さん関係の資料は、調布の私の仕事場に移して今年の8月までそこに大切に保管していたのであるが、再度府中に移転、このように何回か資料の移動整理をせねばならなかった。そんな時、この「日本サッカー狂会」関係の資料は守らなくてはと思いながらも、「FOOTBAOLL」「サッカーマガジン」がダンボールに詰まって積まれていたが、この種のものは狂会仲間の方がお持ちであろうと勝手に判断し、泣きたい気持ちを抑えて廃棄せざるを得なかったがこのことなど気になっていた。
また、国際試合の度に、1人原宿明東ビルの仕事場で徹夜して応援の垂れ幕を作成されていたが、この垂れ幕と応援用具などについては奥様にお渡ししたものの、まだ狂会関係のメモなど整理しきれずに今日に至っているものを目にしていたわけで、この貴重な資料をどうしたものかと思案し続けていた矢先であったので、今回の「日本サッカー狂会」の著書を拝見して安堵し、救われる思いがした。
脇田敦様初め出版にご努力された関係者の皆様の熱意とご努力に心から敬意を表し、感謝を申し上げたい。
この本を手にして直ちに和子奥様にお礼の電話をしたところ、毎日吉祥寺の駅で買い求めた10種類以上の新聞から、原宿の事務所でサッカー関係の記事を切り取り時には破りとり、それを家に持ち帰った池原さん、スクラップブックにきちんと整理されるのが奥様の仕事、この関係資料については狂会の後藤健生さんが「日本サッカー史」1917年~2006年、双葉社2007・1・23発行にまとめられたと早速送っていただいた。
池原謙一郎さんがしのばれる夏であった。
f0059232_122953.jpg

[PR]
# by harutokobayashi | 2012-02-06 12:29 | 池原謙一郎
池原謙一郎の警告・自己批判
f0059232_17115657.jpg

[PR]
# by harutokobayashi | 2012-02-04 17:12 | 池原謙一郎