東日本大震災
「人類の進歩と調和」?
 岡本太郎生誕100周年記念のTV番組で、岡本太郎が1970年大阪万博のプロデユーサーに就任した時「私は・人類の進歩と調和・というテーマに反対である」という第一声を報じる場面があった。記者団が「なぜ反対するテーマを掲げる博覧会プロデユーサーを引き受けたのか」の質問に、「私はいつも厳しい道を選ぶ」という趣旨の返答をしていた。
そんな記憶も冷めやらぬ3月11日午後2時46分、「東北関東大震災」は発生した。アトリエの本箱が倒れないか心配しながら、その下敷きにならないよう安全な距離をとりながら、しばし様子を見ることとした。今まで経験した地震と違い今回は揺れる時間が長い。
ラジオで西東京は震度5弱と報じていた。この地震が歴史的な大震災であることはすぐに理解できた。12日13日とTVの前にくぎ付けになって震災の様子に見入った。
14日の月曜日は、なんとしてもTLA本社に行って皆と震災のことを話し合おうと、調布駅に行って愕然とした。今まで見たこともない大行列が続いていてとても乗車どころではない。電車の間引き運転が実施されていつ乗車できるかわからない、あきらめて帰る人も多い。仕方がないので私はアトリエで中国出張の準備をすることとした。
15日、羽田へはタクシーで、多摩川沿いにわずか1時間で到着することができた。羽田発のCA182便は13時50分発が約1時間遅れで離陸、無事北京着。
空路わずか4時間、中国TVで日本の震災情報を見ていて思ったことは、整然と秩序よく行動している日本人に対し、秩序ある行動と評価している様子が理解できた。しかし、後日北京共同中国紙で「危機でも混乱しない秩序性は、文明の象徴だが同時に保守的な民族性」「秩序の背後には過度の集団主義があり、無限の個性を犠牲にしている」また、環球時報は日本には「精密な災害マニュアル」があるが「臨機応変に対応できない」等、各種の日本人論に触れることができた。
さて、今回の大震災までにどれだけ多くの災害が世界各地にあり、その度にたくさんの犠牲者を出したことか、人類はそれを乗り越えて「人類の進歩」を掲げ続けてきた。
災害の度に「調和」が忘れ去られていたのではないかという反省の声を残しながら・・・。
芸術家岡本太郎は、大阪万博のテーマの持つ重大な意味を直観視していたのではないか、石原慎太郎東京都知事は、知事というより作家的発想で今回の震災について「天罰」だと叫んだ。この発言に対して多くの反発があるようであるが、犠牲になった方々への哀悼の意は強く持ちながらも、芸術家的感覚で人類に対する警鐘と受け止め発言したのだろうと私は受け止めた。だから東京消防庁ハイパーレスキュー隊員らの前で声を詰まらせて感謝の意を述べた。知事である前に人間としての態度は「天罰」発言の真意を示していた。それは岡本太郎の遺作「太陽の塔」のあの表情に通ずるものを感じた。
先端科学技術万能思想の象徴でもある原子力発電の被害についても関係者は予想外、想定外の出来事で過ごそうとするが、もともとこの大自然の営みには人知の及ばぬものが存在すること、大自然への畏敬の念が薄れたころに警鐘が鳴らされてきたし、今後も大災害は確実にやってくることを考えた時「前事不忘・後事之師」、以前あったことを忘れずに今後のありようを考える事の重大さを改めて認識させた。
「太陽の塔」を通じて岡本太郎が叫んだ声、「人類の進歩と調和」という表層的社会運営に対する疑問、それは人類中心主義からもっと広範な生命社会のありようを問いなおせとのメセージである。
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by harutokobayashi | 2011-03-24 15:22 | 設景の思想
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