牛にも心がある。
人工授精
中国陝西省楊凌葉中国農業発祥の地として、現在国家の農業特区となっている。そこでは神戸牛に負けない良質の肉を生産するための研究が進んでいるとの話を、中国畜産の指導者に地元産の最高牛のサシミとシャブシャブをご馳走になりながら聴く機会があった。
そこで私は日ごろ気にしていたことを問いかけた。それは、家畜の人工授精全盛な社会への疑問である。最近よく目にするニュースで口蹄疫・狂牛病の蔓延は、この行き過ぎた人工授精に原因があるのではないかという私の疑問、それはある意味で原発にも共通した科学技術万能社会に対し、自然界からの警告ではないかというものである。
人々の食に適した効率的な肉の生産、家畜の効率的な飼育に対し、人工授精という技術で特定な種牛の精子を多くのメス牛に受精させる行為に疑問を抱かなくなった社会、神聖な命の誕生に対して、人間が介入しすぎたことに対する命の反発ではないだろうかという思いがあったからである。命は命を食べない限り生存できない矛盾を、日々の食事の際「いただきます。」の言葉に命をいただくことに際して感謝を込めながら生きている私たち、畜産家は、賭殺場に強引に運搬されていく牛の目ににじむ涙を見るといたたまれない、しかし、そんなこと言っていたら生きていけないと涙ぐむ、牛と飼育者との間の心が通い合う情景が目に浮かぶ。かつてのように牧場で自然な形で受精させていたころの体験を知らない牛が何代も続いたことによる種は、健康体を持続できるのだろうか?
この私の問いかけに同じ席にいた地元の人が、牛だけでなく豚も賭殺場に連れて行かれることを察知すると豚舎を揺るがして泣き叫ぶと同調意見を述べた。
著名な畜産学者は、「情緒的にはそれもわかるが小林さんの意見は実に非科学的発言である。なぜならば狂牛病などの発病は、イギリスではじまり世界的に研究が進み、餌に羊の骨を混ぜたりした飼料に原因があるのであって、人工授精のせいではない」との趣旨の意見をやさしく述べておられた。
かつてアフリカの野生動物保護区の調査でウンゴロンゴロ、セレンゲッテイ、レークマニュアラ、アンボセリ、ムコマジゲームリザーブ等で草食獣と肉食獣の生態を観察した経験では、死闘を繰り返しながら種を維持している草食獣は、力尽きて肉食獣に捉えられた最後の時散り際が潔く見えた。
命を食べなければ生きられない自然界の掟の中で、種の保存のために命の限りを尽くし、肉食獣から逃れるために培った走力、出産期には仲間と連携して子を守る草食獣たち、ときにはメスをめぐってオス同士の戦い等を経て、やがて生老病死の定めに従う野生動物のように、人間に食される目的で飼育されている牛にも、異性を恋する季節を1度くらい体験させる畜産はないのかと考え、現代畜産知識のない自分をさらけだして畜産界のリーダーに失礼な発言をしたのであった。
こんな意見を述べながら、食膳の牛肉をパイチュウで乾杯を繰り返しながら、「さすがうまいですね」等と言いながら腹いっぱい食べている自分の姿に大いなる矛盾を感じながら、変わりゆく大陸の食生活の一断面を体験した。(2011・3・18)
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by harutokobayashi | 2011-03-30 14:32 | 設景の思想
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