感謝!「ともだち作戦」など
[#IMAGE|f0059232_1527535.jpg|201208/10/32/|mid|50
2012・7・28
ああ!気仙沼大島・・・ともだち作戦
3,11から1年半後の気仙沼大島を見た時。津波に耐えて残った花々が見事に咲いていた。海岸近くのユッカラン、大きな家が流された後に咲くアジサイ、庭園の石組が残された脇に倒れながら枝葉を茂らせていたモミジ、長年地元の漁師さんたちが育てたアジサイが咲く数百メートルにわたるアジザイロード、これら花・緑に触れていると、改めて人間の力を超えた樹草の生命力に感動し力づけられた。
と共に、この美しい島を「花の気仙沼大島」としたら良いと強く思った。案内をしてくださった休暇村の村上正人さん{42歳}に皆さんと一緒に花いっぱいの島にしましょうと訴えた。誰かがやるのを待っているのでなく、気付いた人たちが中心になって…。
気仙沼には遠洋漁業の経験を持つ人が多い。遠く故郷を離れ、1年半もかけて世界の各地に日本の食卓を豊かにするためにマグロなど求めて出かけたという人が多い、パナマ運河を通ってカナダの沖合に、あるいは地中海にと・・・。
遠洋航海中、休暇で日本への一時帰国の往復時など、外国の諸都市を見学したりした人も多く、気仙沼大島の美しさを、海外の都市と比較することで改めてその素晴らしさを認識しているという。ドイツの「花のマイナウ島」に負けない美しい島にすることで、残された人々の胸に宿る祈る心の灯を集約して大きな復興の災とすることができる。
人間が制御できない大自然への畏敬の念を改めて強め、犠牲者への鎮魂の心と、気仙沼の支援に当たった、米軍の「ともだち作戦」など世界中から寄せられた支援への感謝の想いを世界に伝えることにもなる。
「若き日に家族と別れ別れの生活に耐え、やっと遠洋漁業で働いて貯蓄したお金で買った漁船が津波にさらわれた」と語る老いた漁師さんの横顔がまぶたに残る・・・。


f0059232_15462622.jpg

f0059232_1374925.jpg

f0059232_1381640.jpg

f0059232_1383896.jpg

f0059232_1385618.jpg

f0059232_1391421.jpg

by harutokobayashi | 2012-08-10 15:28 | 記録・含震災関連
<< 復興計画に疑問 ひまわり作戦 >>