アート活動
「公園でのアート活動」
 11月上旬錦秋の国営昭和記念公園を訪れた。立川口から、美しく黄葉したイチョウのトンネルをくぐり、ふれあい広場に出たとき、自然素材である木の枝・竹などを利用したアート作品が展示されていた。「よみがえる樹々のいのち」をテーマとした野外作品展であった(10月28日~11月15日)。ふれあい広場から水鳥の池に向かう眺めのテラスでは、草月会・グループTownによる「わすれモノ」という、竹の作品越しに水鳥の池を見て、左に曲がる園路沿いに個性的な作品が展示されていて面白かった。以前から各地の都市緑化フェアー会場や、公園でこのような催しが行われてきたが、21世紀に入り各地で盛んに開催されるようになり、公園文化を支える重要な役割を担うようになったことを教えてくれる。
石とかブロンズなどを素材とした伝統的彫刻などを常設する流れと異なり、通常ではゴミとして扱われがちな、どちらかといえば厄介な存在の木切れなどに、造り手の意志・情熱を注入することによって、そこに物語が生まれ、見る人それぞれの感性で造り手の心を読み解いていく楽しみを与えてくれる、中にはなにこれ?とモノ造りへの習熟度が不足するものが混在することもあるが、一生懸命汗して作品に挑戦した人の心情を思うと、場所が公園ということもあり、特別な危険や空間の秩序破壊がない限り許されるような気がする。
それよりも公園を訪れた人のものづくりへの関心を喚起させ、自由な発想・着想の世界に導いてくれると共に、公園への身近な親しみを呼び覚ましてくれるようにも見える。
 このような親しみやすく、微笑を浮かべたくなるような作品が陳列された一時的なアート活動については、すでに「公園文化」第10号に掲載されているが、今後も益々盛んになっていくことを期待している。
他方、伝統的彫刻が各地の公園に設置されるようになって、公園とアートの関係が密接になっていくことはかねてからの念願であったが、作品の選定、設置の仕方など問題だと思うものがある。国営明石海峡公園の場合、作品設置の脈絡が理解できない配置になっている箇所が目に付き気になる。重量のある作品をいったん設置すると簡単に移動というわけには行かない。このような現象は他の公園でも見かけるところであり、公園管理の今後の課題といえる。
私の考えは、公園に彫刻などアートを設置して、アートがある公園というのではなく、適切な作品が、適切な場所に効果的に設置されることにより、アートが環境と共鳴して、公園全体がアート化するような配置をしなければならないと考える。
年末が近づき、街にイルミネーションの輝きが増してくる中、国営アルプス安曇野公園で葉11月22日~30日にかけて「森の光物語」の準備が進められていた。森の中の神秘的な光のアートで、来園者に感動的なひと時を提供しようとの企画であろう。
信州の美しい星空の元、赤松林に囲まれた中での光物語の演出は、おそらくファンタステイックで 楽しいものとなっているだろうことを期待して、暗くなった時間に公園を訪問して、新しい時代のわがふるさとの公園の成長と安曇野の変容を確認してみたいと考えている。
あれこれ、公園とアートの関係を実際的に現場で検証しながら感じたことを記したが、国営公園に代表される日本の都市公園は、樹木なども生長し、命輝く生き物空間として内容的にもすっかり成長し、成熟期に入りつつある。今後の課題は、公園文化力をもっと高めるためにも公園でのアート活動を深化させるべきであり、そのためにも公園管理運営士もアートコーデイネーターとしての業務もこなせる素養が必要である。
[PR]
by harutokobayashi | 2008-12-04 12:41 | 設景の思想
<< 五浦の景 ストック・マネージメント >>